●水仙の花




佛日寺のミニ水仙郷(元秦野小学校長中田敦子先生撮影)


 四季折々の美しい草花は、人の心を和ませるものである。
 1658年、麻田藩主甲斐守青木重兼公(青木端山居士)が隠元禅師に、水仙の花を献上した。 その内容が『端山正和尚紀念録』の万治元年の頁に載っている。
  萬治元年戊戌 師52歳 茲冬謁州富田普門寺于隠元和尚半月後再参師送水仙花数茎云這是庭前自栽的持来上(中略)禅師書偈贈
 日去去来来無別念了無一字汚君腸偶向花前露手眼流伝千古也馨香師拝受而帰
 霜がおりる頃を霜月と言う。 この頃に厳寒に立ち向かって青々と新芽を現出するのが水仙である。 この凜とした姿は、厳しい時代に生きる私達に示唆を与えてくれている。
  小振りの花。ほのかに匂う香り。夜空の星のような輝き。無愛想に突っ立っているのでも  なく、地に這い蹲っているものでもない。首を
 項垂れた敬虔な姿。寒風に折れ曲がっても、そのまま健気に咲き続ける。筋金入りの茎は人の手ではなかなかひきちぎれなく、一刀両断
 すれば透明な流動体の血しぶきが咲き出る命の躍動。裏表の区別のつきにくい肉厚の葉はなんの気取りもなく、花をささえ盾となる。冬
 枯れと寒さの中で、滋味で強靭な水仙も、水ぬるみ草木が芽生える頃、純白の花青き葉は色あせ、ついに回帰する。
  しかし、地中の球根は、生き続け、暑い夏に分身し、寒い冬に倍旧に芽を送り出す。目にふれない地中にあって、再び花葉を生み出し、
 逞しくささえる。

 端山居士がこよなく愛した水仙に、思いをめぐらせ、つれづれなるままに書きつづった。
 隠元禅師が水仙の香りにちなんで、端山居士に、「去々来々無別念」と垂示され、「水仙の香りは過去も現在も未来も馨り続ける。何事も一つであって、二つにわけられぬ(不二の法)」と口述している。