●伝説 済の神




瓦林建造氏 地所内(渋谷1−4−26)


 下渋谷会館前の東裏の畑に小さな祠があり、神様が祀られている。
 昔 (江戸時代、寛永年間)、麻田藩に属していた渋谷村に、ある年多くの年賃がかかってきた。 百姓たちは。大へん困って庄屋の家に集まり、なんとかまけてもらえないものかと話し合った。
 その結果、庄屋の「チョンベイ」さんが、麻田藩の青木の殿様に直接訴えることになった。
 そらからしばらくして、お殿様の行列があることがわかり「チョンベイ」さんはその行列が巡礼橋(今の呉服橋)にさしかっかた時に、橋の下から竹に訴状をはさんで差し出した。お殿様はその訴状を読んで「その方、菩提寺のあびこ寺(佛日寺)にいけ」といわれた。
 仏門に入ることの意味をいわれたのだが(仏門に入れば打ち首はまぬがれる)、「チョンベイ」さんはその意味をさとれなっかたのか、それとも、あえてその意味を無視したのだろうか、この辺の事情はわからないが、直訴の前に妻と離婚してる事をお思えば、覚悟の上だとも思われる。
 この訴状のため年貢はまけてもらうことになったが、直訴の罪に問われ「チョンベイ」さんは首をはねられ、お家断絶したといわれている。
 この庄屋さんのことを村人は「チョンベイさん」と呼んでいたが、この名は庄屋の屋号で(祖先に長兵衛という人がいた?)、渋谷村の代表者であった。そのため渋谷村の年貢は他の村にくらべて安かったともいう。
 このチョンベイさんの庄屋としての義心をしのび、済の神(救いの神)として祀られという。命日の1月27日には渋谷村の人達がお参りして今もその霊をなぐさめている。
 

原話:山田 久さん
カット:先田光子さん