●お盆

22.平成18年8月22日(火) 地蔵盆の一席
 演題「お盆」 布教師 住職(服部潤承)


 また、地蔵盆の日がやってまいりました。 玉置宏さんではありませんが、 「1年間のご無沙汰でございます。」 とは、言うものの、毎月第2日曜日の午前9時から水子供養を欠かさずしております。 細々とは言え、必ず数名のお参りの方がいらっしゃるのは、嬉しい限りでございます。 きっとお地蔵さまも喜んでいらっしゃるにちがいありません。 改めてお礼申し上げます。
 さて、夏の佛日寺は、お盆行事に関連して、大変忙しくしております。
 7月の最後の週の土曜日は、お盆の準備のために、広い境内や墓地の葉刈りを檀家の皆さんによって、 していただいております。 今、周囲を見渡していただければ、分かりますように、禅寺の庭らしく、瀟洒で落ち着いた佇まいになっております。 これは、檀家の皆さんの丹誠にも似た思い入れからくるものでありましょう。
 そして、1週間後、8月の第1土曜日に、お施餓鬼の法要を勤めました。 午後2時からの長時間の法要にもかかわらず、大勢の方の出席で、本堂の椅子席は、ほぼ満席でした。 外気温は38度でしたが、本堂の中は、檀家総代の奥村宗彦さんのご母堂さまの永代供養にと大型のクーラーを寄贈していただきましたおかげで、この4半世紀・25年間、快適な空間で、お施餓鬼の法要が勤められたことは、なによりの施しでありましょう。 そして、お施餓鬼の後の施食供養は、和尚さま方は隠寮で、檀家の皆さんは書院にて、庭を眺めながら自家製麻腐・胡麻豆腐を召し上がっていただいております。 長い法要の後とあって、皆さまに寛いでいただいておりますし、旧交を温めるよい機会となっていることは間違いありません。
 お盆のメインイベントは、お墓参りと棚経参りであります。
 8月7日は、7日盆と申しまして、お墓参りをします。 お盆のお里帰りの準備として、魄・人の陰の精気で、肉体をつかさどり、死後も地上にとどまるとされるものに対して、 お里帰りのお声掛けを致します。 一方、居宅では、いつ帰って来ていただいてもかまわないように、 棚のような簡易な台を作り、横には提灯を置いて特別壇を設けておきます。 
 いよいよ、お盆の3ヶ日の初日、庭先で迎え火を焚きまして、魂・人の陽の精気で、精神作用をつかさどり、 死後天上にのぼるとされるものをお迎えいたします。 魄と魂が渾然一体となって、お盆棚に着かれたのを、心眼で観て棚経をあげるように心掛けております。
 すべて、肉眼では見えない世界のことですから、 「死んだら終わり」と一言で片付けてしまわれる方には、残念なことに不可解としか目に映らないでありましょう。 「死んでも死なない命」。 「形を変えて永遠に生き続けるもの」 の存在に気づいた時、お盆行事についていても理解が深まっていくのではないでしょうか・
 そして、3日後、送り火となり、川のほとりで、供物をお土産にしてお見送りを致します。 次はお正月に必ず帰って来て下さいと送り出すのであります。
 佛日寺のお墓に行きまして、お里帰りから戻ってきた魄さんにインタビューをいたしました。 A魄さんは、家族皆で迎えてもらって、久しぶりの再会は嬉しいもので、「あっ」と言う間の3日間でしたと。 B魄さんは、家族がバラバラで、愛想もくそもなく寂しい3日間で、大変長く感じました。 里帰りはもう懲り懲りですと。 C魄さんは、楽しみにして帰りましたが、家に鍵が掛けられていて、家の中に入ることができなかった。 海外旅行でも行ってるのかもしれません。 皆に会えなかったのが残念でしたと。 このコメントは、実際に聞いたわけでもなく、想像上のものですが、いずれにしましても、今生きている私達のお盆を迎える心構え次第で、よくもなれば、わるくもなると言うことでありましょう。
 お盆行事の最後が、地蔵盆であります。 お地蔵さんの地蔵は、子供の児童と語呂が同じで、お子達のお盆行事として定着しております。
 お地蔵さんは、町の角や道端のいたるところに、居らっしゃって、私達を見守っていただいております。 とりわけ、お子達の守り神的な存在として信仰が広がり深まったようです。
 しかし、相も変わらず子供が犠牲になったニュースが矢継ぎ早に伝えられています。 プールの吸水口での水難事故・両親の虐待による栄養失調での死亡・橋の欄干から突き落とし、 さらには近所に住む男児を絞殺した事件・車内での幼児の熱中症死亡事故等々、枚挙にいとまがないのが今日の様子であります。
 お地蔵さんは、そこかしこにいらっしゃっても、子供にまつわる事件や事故があまりにも多く、 お地蔵さんの手が足らず、手がまわらないのが現状でありませんか。 どこかで聞いたような話だと思われたかも知れませんが、実は或る警察署の署長さんの言を捩っただけであります。 お地蔵さんは、まさかそんなことはおっしゃらないと思いますが、子供達の受難の時代であることは、間違いありません。
 平成7年1月17日の早朝、阪神淡路大地震が起きたことは、ご承知の通りです。 その後の震災復興の中で、次のようなことが言われました。
「人を救うのは、人しかいない」
 今、私達のできることは、私達の心の中に、お地蔵さんの心を宿し、お地蔵さんの心の手足となって、社会・世間にお役に立つほか、 子供達を事故や事件から守ることができないのではないでしょうか。



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